下乗門の名の由来
江戸城大手門を通ると、そこは三の丸である。
三の丸と二の丸の間にはかつて堀があったのだが、現在は埋め立てられていてその姿は無い。
この堀にかけられた橋を渡り、二の丸に入ろうとする、その入口にある城門が下乗門である。
三の丸へ入るためには、もうひとつ桔梗門(内桜田門)を通る方法がある。
どちらにしても、大手門、桔梗門前の広場には「下馬」と書かれた札が立つ下馬所があり、
登城の際は大名や50歳以上で駕籠などの乗物に乗ることを許された者以外は、ここで下馬して徒歩で入城するのが通例であった。
そこを乗物で通った者でも、下乗門の前では降りた。そのためこの門は下乗門と呼ばれるようになった。
ただこれにも例外があり、御三家(尾張、紀伊、水戸)だけは本丸の玄関前まで乗物で入ることが許されていた。
-
高麗門跡(撮影)
かつて門の前は堀があったために橋もかけられていたが、現在は埋め立てられて何の形跡も無い。
-
高麗門の向かって右側の袖石垣()
瀬戸内海の犬島、もしくは小豆島から運ばれたと伝えられる花崗岩の巨石。石垣前の道路はかつての堀だが埋め立てられている。
-
高麗門右側の袖石垣のさらに右側()
石が小さめで積み方も粗い
-
枡形内に残る同心番所()
-
同心番所の屋根瓦()
-
枡形内の石垣1()
-
枡形内の石垣2()
-
枡形内から見た雁木()
-
枡形内から見た渡櫓門の袖石垣()